いげ日記

外出の記録その他

10/8 函館③

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前回のつづき。

奉行所のほかにどこを見学するのが良いかわからなかったので、奉行所の手前にあった階段を上がってみた。そこからはすぐ下にお堀、その向こうに街が見えた。自分が城のどの地点にいるのか全然把握していなかったが、お堀に面した石垣の上から外側を見ていたのだろう。

しばしの間新選組に思いを馳せて、そのまま来た道を引き返した。知らない土地のバスは不安なものだ。このときの私は悪天候も手伝って大変心細かったので、新幹線に確実に間に合うよう、余裕をもって函館駅前に戻りたかった。

ガイドマップによれば、徒歩なら土方歳三や中島三郎助父子が戦死したとされる場所に寄りながら函館駅に向かうことができるようだが、気力が湧かず諦めた。次回来る機会があったらそのときは晴れていることを祈った。

乗換アプリによると、帰りのバスは往路とは別の系統の方が早く出発できるらしかった。五稜郭と名の付く停留所は、市電の路線が曲がる交差点「五稜郭公園入口」の周辺にいくつもある。そのうちの一番南にある函館中央病院寄りという停留所からバスに乗った。通り沿いには飲食店の並びが続いていたが、ここまで来ると街の賑わいは割と落ち着いていた。病院がその奥に建っているのも見えた。

再び市電と同じ経路で函館駅前のバスセンターに着いた。新幹線に乗るのは函館駅からJR線で20分ほどの新函館北斗駅からだが、そこまで行ってしまうと時間をつぶす場所がないと考えて函館駅前の無印良品で買い物をした。実際、ここへ来る途中に見た新函館北斗の駅周辺はかなりひっそりしていた。

さてそろそろ向かおうかなと駅の改札前で最後の出番となるであろうフリーパスを出そうとすると、いつもきっぷを入れていたはずのポケットの中にない。別のポケットにも財布にもバッグにもない。空いたベンチに荷物を広げて必死にガサゴソやっていたら、隣に座っていたおばさんが気の毒そうに「落ち着いて~」と声をかけてくれた。

そういえば函館に着いて改札を出たときにきっぷを取った覚えもどこかへしまった記憶もなかった。それまではなくさないようものすごく注意して持ち歩いていたが、最後の大移動が終わったからか気が緩んでいたのだろう。完全なケアレスミスである。

函館駅から新函館駅までは片道360円なのでフリーパスを使わずとも大した損はない。だが私はこの北海道の北から南までを共にしたきっぷを記念に持ち帰り、大事にとっておきたかったのだ。そういうことにこだわるタイプだ。

藁にもすがる思いで、きっぷの落し物がないかと駅員に訊ねてみたがやはりなかった。この日を入れてあと3日使えるのだから、拾った人は自分のものにしてしまっただろう。再発行もできないきっぷである。それにしても駅員の対応が必要以上に冷たく、より一層の悲しみを感じながら新しいきっぷを買うこととなった。改札近くのセブンイレブンで新幹線用に食べ物を調達した。

指定席を取ってあった17:21の新幹線には十分間に合った。新函館北斗駅に着くとたくさんの観光客が次の新幹線を待っていた。私もその中に混じり、椅子に座って待った。ちょうど目の前のテレビで前回の真田丸を再放送していたが、そこにいきつくまでの話を自宅のHDDに撮り溜めたままでまだ見ていないので無視した。

大荷物を持った人々と共に予定通りの新幹線に乗り込み、最後の最後でなくしたきっぷを悔やみながら帰った。

 

おわり。

 

◆函館まちあるきガイドマップ

hakodate-machiaruki.com

10/8 函館②

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前回のつづき。

全然五稜郭の気配がないところに降ろされたので不安になってGoogleマップを起動した。auショップに向かって左手にある交差点を北に進めばいいようだ。ちょっと歩かなければならないので若干面倒な気分になったが、ここまで来たら行かないともったいない。

この界隈は函館駅前と同じかそれよりもっと栄えているように感じた。マルイがあるし、飲食店や銀行も多い。旧城下町にあたるからなのだろうか。五稜郭までの道のりにはうわさの「ラッキーピエロ」もあった。時間があれば行ってみたかったが無視して進んだ。

しばらくすると人通りが多くなり、右手に「五稜郭タワー」なるものが現れた。ガラス張りなので中の様子は外からでも見えたが、広い城の敷地に入ってしまう前に小休止したかったので、人の流れに乗って入ってみた。

入り口からすぐのフロアにはお土産屋さんがあり、五稜郭やゆかりのある人物にちなんだグッズがいろいろあった。私も新選組関連の何かを買ってみたくなったが、以前京都に行ったときキリがないからと我慢したことを思い出して今回もやめておいた。展望台行きのチケット売り場もあった。その奥は休憩スペースのようになっていて、当時の大砲のレプリカや榎本武明の立像が展示されていた。そこで少しだけ座って休んだ。2階へ行くと飲食店があるらしかった。

再び雨が降る外へ出た。来た道から見て五稜郭タワーの少し奥に五稜郭の入り口があった。お堀に架けられた橋を渡って藤棚(?)の下をくぐり、突き当たった石垣の左へ進むと、箱館奉行所があった。そのときは、奉行所残ってるんだ!!と感動した。復元されたものだと知ったのは、中へ入ってからであった。

早速入り口で案内のおばさんに靴を入れる袋をもらい、入館料を払った。500円。客が多いとはいえおばさんが終始せわしなく、しかもときどき怒鳴るのでちょっと怖かった。

とりあえず順路に沿って歩いた。はじめに復元された大広間を歩いたが、当時の建築物についての予備知識がほとんどない私には文字通り大きな座敷でしかなかった。掛け軸があったので説明を読みたかったが、人がたかっていてよく見えなかった。

大広間を抜けて武器置場を見てさらに廊下を抜けた先に、奉行所の歴史に関する資料が展示されている座敷があった。またしても人が多くて見たいものを見られずウロウロしていたら、近くにいた説明員さんが大きな梁が見えるスポットを教えてくれた。言われたところに立って天井を見ると、その一部に天井板がなく、普段隠れている梁を観察できるようになっていた。それにどういう意味があったのかはわからない。

次の間に移動すると今度は大きなテレビがあり、なにか映像を見るコーナーらしかった。一番前の席に座って待っていると、奉行所復元の過程を説明した動画が始まったので最後まで見た。建てる場所だけでなく、工法や資材にもこだわって再現されているというのが話の筋だった。部屋の格式によって釘隠しのデザインが異なるという話がなぜか印象に残った。大広間に戻って見てみたくなったが引き返すのは協調性に欠ける気がしてあきらめた。

最後に隣の座敷で復元にまつわる資料を見て、出口に向かった。

つづきは次回。

10/8 函館①

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北見から旭川への移動で体がそれはもうバキバキになっていた。旭川駅に入っている「てもみん」で肩を揉んでもらったりイオンでパンを買ったりしたあと、「スーパーカムイ」で札幌に出た。さらに「快速エアポート」で恵庭に行き、そのまま祖母の家に2泊した。

 

10/8の朝、恵庭を出た。ばあちゃんがわざわざ呼んでくれたタクシーで駅に行き、7:58発の汽車に乗った。南千歳で10:20発の特急「北斗」に乗り換えた。

本当はもう1本遅い特急に乗るつもりで、前日に恵庭駅で指定券を取ろうとしたのだがすでに満席だった。初めに対応した駅員が不親切でただ満席ですと伝えられただけだったが、別の駅員さんにそれに近い時間で空いている座席はないかと聞いたら臨時列車の予約が取れた。

途中の停車駅の名前を聞くたび、子供の頃家族で何度か乗った「北斗星」を思い出して懐かしかった。ただ当時は夏休みにしか北海道に来なかったので、寒くなりだした季節にここを通るのはちょっと新鮮だった。

12:06に函館に到着した。土曜日だからか改札を出ると人がいっぱいで、ひとまずベンチに座って今日の予定を立てようとしていたのに座れなかった。改札を出て左に進んだところに観光案内所があったので、そこで歴史関連の観光資料を手当たり次第もらって外に出た。学生時代歴史が大嫌いだった私だが、数年前に読んだ浅田次郎の「輪違屋糸里」をきっかけに幕末の人物やエピソードにすっかりハマってしまい、戊辰戦争終焉の地である函館は歴史をテーマに歩きたいと思って来たのだ。

函館は雨が降っていた。とりあえず座って落ち着きたかったしできればお昼も食べたかったので、駅前の通りを見まわしてプロントを見つけ、迷わず入った。ペペロンチーノを食べながら新選組の史跡めぐりができる地図をいくつか物色したものの、結局は駅前から出ているバスで五稜郭へ行くことに決めた。ガイドマップ片手に徒歩でいろいろ回ろうと思っていたが、夕方には新幹線に乗らなければならない上にこの雨なので億劫になり、王道の五稜郭に絞ったのだった。

プロントを出て信号を渡り、乗換案内アプリを見ながらバスセンターで調べた乗り場に行くと、もうバスが来ていた。駅を発車した時点での乗客は自分ひとりだった。「蛾眉野」行きというその路線バスは、函館の市電と並行して走った。だんだん乗客が増えてきたころ「五稜郭」停留所に到着し、バスを降りた。

そこは普通の街なかで、auショップの前だった。

つづきは次回。

10/6 佐呂間③

前回のつづき。

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6時に起きて窓の外を見ると、昨日より雲が減って晴れていた。

朝食も昨日の夕食と同じレストランでビュッフェ形式だった。朝は和食派なので、和食のメニューをちょっとずついろいろ取った。夕飯ほど魚介推しではなかったのでバランスよく食べられた。デザートにアイスも置いてあったので食べてから部屋に戻った。

ホテルから北見駅までのバスは9時ちょうどに出発だったが、おそらくはまた一人だし、早くからスタンバイしてくれていると予想して20分ほど早く出ることにした。

部屋を出る前にアンケートを書いた。昨日いろいろ気に食わなかったことがあったので、かなり辛口に書いてしまったが、もしまた来ることがあれば畳の埃は改善していてほしいと思った。

荷物を持って受付でチェックアウト手続きをした。宿泊費の20,520円を事前にカード決済してあったので、入湯税150円だけ現金で支払い外に出た。

バスは予想通りすでに入り口で待機していた。運転手さんに挨拶し荷物を積み、いったん外に出て晴れたサロマ湖の写真を撮っていたら、運転手さんが親切に私とサロマ湖の2ショットも撮ってくれた。

このバスの運転手さんは、行きのバスの運転手さんよりもいろいろ話してくれる人だった(もしかしたら往復同じ人で、私が往路で寝てしまったから話せなかっただけだったかもしれない)。もうすぐサロマ湖に白鳥が来ることや、冬になれば湖面が凍ってしまうことなどを教えてもらった。さらに汽車の時間にも配慮して、商店街の乗降場所ではなく駅のバスプールまで送ってくれた。とても良くしてくれたので、今更ながらホテルのアンケートに文句ばっかり書いてしまったことを悔いた。

お礼を言ってバスを降りると発車までまだ時間があったので、駅のベンチでテレビを見ながらお茶を飲んで待った。

10:12北見発のオホーツク号に乗り、旭川まで爆睡だった。連日の長距離移動で体がだいぶ痛かった。

10/5 佐呂間②

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前回のつづき。

車がホテル「サロマ湖鶴雅リゾート」の入り口の前で停まると、降りる前に運転手さんが日没の時間を教えてくれた。このホテルはサロマ湖に沈む夕陽が名物なのだ。

入り口にはスタッフさんが5人くらい立っていて、盛大に出迎えてくれた。ひとりで来たので少々気まずい。さらにロビーに入っても数人いたスタッフさんが総出であいさつしてくれ、平日のせいもあってか、客はまだ他にはいないようだった。昨日に引き続きチェックインを一番乗りしてしまった。

早速チェックインの手続きをしたあと部屋に案内された。正直写真で見たのより古いな、というのが第一印象であった。畳もほこりっぽく、ハウスダストに敏感な私は鼻水が止まらなくなってしまった。

とりあえず夕陽を見る体制を整えようと思いカーテンを開けると、なんだか足が長くてフワフワした虫が窓にたくさんついている。それはまあ大自然の真ん中にいるのだから仕方ない。空は雲が厚く、太陽の位置がぎりぎりわかる程度だった。16:40の日没までは、部屋に置いてあった古事記の現代語訳を読んで過ごした。

いよいよ日没の時間になっても、結局太陽は遠くの空の雲がもっと濃いところに隠れてしまって、なにもわからなかった。部屋には海鳥の観察ができるよう望遠鏡が設置されていたので覗いてみたが、ときたま飛んでくる鳥にピントを合わせるのが難しかった。

自然のことはどうにもならないのであきらめ、館内の探検がてら温泉に行った。とりあえず洗濯がしたいので洗濯物も持っていった。まだ誰もいなかったので貸切状態だった。露天風呂もあったが、虫がいっぱいいたらこわいのでやめておいた。

お風呂を上がったその足で売店に行き、洗剤を買ってコインランドリーを使った。終わるのを待っている間にまた館内をうろついてみたが、この日はどこへ行っても客よりスタッフが多く、気まずいので部屋に引き返しテレビを見た。

夕飯の時間が近づいてきたので洗濯物を見に行くと、生乾きのまま終了していた。乾燥を60分追加してレストランに入った。

窓際の席に案内してもらい、早速ビュッフェの料理を取りに行った。さすがサロマ湖、刺身を筆頭にいろんな魚料理が並んでいた。しかし今回のプランには海鮮のメインが別途ついている。とりあえず魚は置いといて、サラダや肉類を取って席に戻った。

テーブルにはすでにメインの海鮮盛り合わせと洋風の海鮮鍋が並べられていた。一人で食べるにはかなり多そうだったので少々辟易したが、おいしいうちにと思い早速取りかかった。

海鮮盛りはカキやつぶ、ウニなど数種類の魚介が生で提供された。実はチェックインの際にこの海鮮盛りの内容で食べられないものはないかと確認されたのに、私は生の貝類がダメ(お腹を壊す)であることをなぜか言いだせず、大丈夫ですと言ってしまったのだった。もともと生の貝は大好きだったのだが、あとでお腹を壊すかもと思うとなんとなく体に悪い味がする気がして、あまり食が進まなかった。それにつられて普段食べられるはずのウニやエビでさえ体に悪い気がしてきて、せっかくの新鮮な海鮮をあまり楽しく食べることができなかった。

続いて海鮮鍋を食べた。こちらは私の大好きなアヒージョに似た味のトマトスープで、キンキをはじめとするいろんな魚介のダシが出ていておいしかった。キンキは骨を取るのに難儀して、少し残してしまった。

思いがけず満足な食べ方ができなかったが、気を取り直してビュッフェを堪能することにした。ところが前述のとおりこちらも魚介だらけなので、結局サラダばかり食べてしまった。デザートコーナーにあるりんごのゼリーもたくさん食べた。元を取れた気がしない。

さらに周りのテーブルで食事を始めた複数の中国人家族の食べ方がとても汚く、ゲップも大音量でするのでだんだんイライラしてきた。

ホテルが悪いわけではないが、今回の旅行で一番お金をかけた宿泊なのに、夕陽は見えないし食事もうまくいかないうえマナーの悪い中国人に囲まれる。食事もまだ途中だったが、嫌になって半ばキレ気味でレストランを出た。

ちょうど乾いた洗濯物を回収し、一旦部屋に戻ったあと気分転換のつもりで温泉に行った。が、先程の中国人が入ってきたので嫌な気持ちになり、湯船には入らずシャワーだけして上がった。

結局部屋でテレビをだらだらと見て、日付が変わるころに寝た。寝る前にカーテンを開けて外をのぞいたが、明かりはほとんどなく真っ暗で何も見えなかった。

つづきは次回。

 

サロマ湖鶴雅リゾート

www.s-tsuruga.com

子供産むな問題

前の職場で異動の辞令をもらったとき、異動先の部署にいたのは年齢が一回りほど上の新婚夫婦1組だけだった。

私も時期を同じくして結婚したわけだが、異動の直前に役員から呼び出され、こう言われた。

「あなたは若いから出産はまだいいよね?先輩の年齢考えてね、先輩が先だからね」

反論するのもばかばかしくて、本当に妊娠される前にさっさと辞めた。

そのとき私に子供の予定があれば、そんなの無視して産むことだってできたわけだが、そもそもこういう思考を持ったバカの下でなんて働いていられない。

私の事例に限らず人事が自転車操業状態だったし、社員の家族計画の自由を考慮できない会社なのだと思わざるを得なかった。

同じようなハラスメントを黙認しながら働く女性もいっぱいいるのだろうが、だからといって自分もそうしたところで何の利益もない。

 

そんな背景があっても、今の日本社会では辞めた方の負けだ。

仕事より家庭を優先すると思われては正社員での再就職ができなくなる。

社会人としての"活躍"だけが推奨されて、家庭人としての"活躍"は誰にも評価されない。

 

いわゆる「日本死ね」である。

10/5 佐呂間①

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早起きして寒い中歩き回ったせいか富良野線では爆睡で、気が付くともう旭川に着いていた。乗り継ぎまで50分ほどあったので一旦駅を出て、みどりの窓口で次の汽車の指定席を取り、駅直結のイオンにあるフードコートで少し休憩した。平日の午前中だというのに人がけっこうたくさんいて、さすが北海道で2番目の都市の規模を感じた。

再び改札を通り、11:19発の特急「オホーツク号」に乗った。これに乗れば網走まで1本で行くことができる。当初の予定では網走から路線バスを乗り継いでサロマ湖畔のホテルに向かうつもりだったが、北見駅から無料の送迎バスを出してもらえるというので北見で降りることになったのだった。

このとき指定していた席は通路側で、隣にも人が座っていたのだが、車掌さんがきっぷを見に来たときに別の空いている窓側の席へ移らせてくれたので広く使えた。

石北線は今年の台風で路盤が流出する被害があり、10/1に運行が再開されたばかりだった。事前にチェックしたニュースでは上川~白滝間が当面運休とされていたので、直前まで高速バスでの移動も検討していたのだが、急いで直してくれた人たちのおかげで鉄道での旅を貫くことができた。それに正直バスは苦手なので助かった。

くだんの路盤流出現場は、上川を出発したあたりから窓の外を注意して眺めていたのですぐにわかった。ニュースの映像でも何度か見た、トンネルのような小さい鉄橋のようなところを通過するとき、付近に重機が置かれているのが見えた。まだ応急処置の段階なのだろうか。

北見までは3時間ほどかかるので、昨日の朝稚内で買ったパンの残りを食べたり、少し眠ったりして過ごした。

どこだったか忘れてしまったが、途中の停車駅のホームに15人くらいの幼稚園児が先生たちに連れられて汽車を見にきていた。子どもたちがこちらに向かって手を振っていたので、返してみた。こういうところで子育てしたいなと思った。

14:16に北見駅に到着した。人通りこそ少ないが都会である。大通りにある北海道銀行を過ぎて左折し、商店街を少し進んだところにバスが来るのだが、その商店街に入るといよいよ人の気配がなく、地元の個人商店やチェーンのドラッグストアがあるものの大変さみしい印象だった。

指定されたビルの前に着くと、すでにホテルのロゴが付いた車が停まっていた。まだ少し時間も早いし誰も乗っていないので一旦車の前を通り過ぎてみたが、もしかして乗客は自分だけなのではと思い直し勇気を出して乗り込むと、案の定そうだった。おかげで予定より早く出発できたが、車の揺れが気持ち良くて約1時間の道中はほとんど居眠りしてしまった。

気が付くともう右手に湖が見え隠れしていた。以前サロマ湖の写真を見たときの印象で勝手に手つかずの大自然を想像していたのだが、いざ湖畔に差しかかると、周辺に民家や飲食店もけっこうあったので意外に感じた。まあ考えてみれば観光客が来るところなのだしそれはそうかとも思った。

つづきは次回。